2008-02

床の間の和紙

桃の節句まで数日とせまるなか、ようやっとお雛様の飾りつけ。
関西では逆のようだが向かって左にお内裏様、右にお雛様。

ふだんは静まり返っている和室の床の間が少しあでやかになる。
我が家の日本間はとても単純な白色と空虚な空間である。

障子と押入れ、ちょっと変わったところで畳の縁が桃色。
唯一の贅沢は床の間の壁に和紙を貼ったことである。

和紙は白というより生成り色で、美しく、なめらかで、丈夫で軽い
素材である。平安の昔から人々の生活に溶け込み、とても控えめだが
壁となり障子となり掛け軸となり、日本のしつらえを支えている。

我が家の基本は和風である。






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チクチク族Ⅲ

先週のチクチク講座は羊を作るプログラムだったが、
今回のチクチクは中級者向けのフリースタイル。

いろいろと構想を練ってきたせいなのか、思いつきなのか
わからないが、まだ製作途中とはいえ力作揃いである。

ともあれチクチクの何がいいってストレスの解消に
なるそうである。特に旦那の悪口を言いながらプス
プスとニードル針で刺すのがたまらないようである。

しかし、やることは単純な動作の繰り返しで、目も疲れ
肩もこりそうなものだが世の中にはわからないことが多い。

うちのかみさんは台所でもしているのである。全く理解不能。
おっと、このことで「努力家」と呼ぶのは大きな間違いである。






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京の旅(行間編)

女優の樋口可南子が京都とその周辺を訪れ、京都の美しさ、
そして日本のいいものを紹介している一冊の本がある。

もともと雑誌「メイプル」に連載されたものをまとめたものだが、
著者は私の知り合いのお姉さまで、沼田出身の方である。

『一階のしつらえを丹念に見てまわった可南子さん、ほの暗い階段を
とんとんと上がって、二階の「敷舞台」の窓辺に座りました。簾越し
の日射しが、磨きぬかれた床を照らします。・・・』

京の町屋を訪ねた場面だが、こんな感じに行間から息づかいさえも
聞こえてきそうな表現力。文も読みやすく、京都を背景とした写真も
美しく、そして何より樋口可南子の着物姿がとても美しい。

我が家も京都が大好きなので、この本で紹介された場所をゆっくりと
見て回ったり、食べ歩きたいという衝動にかられた。

また、京都には名刹や自然だけでなく、行ってみたい本屋さん、
家具屋さん雑貨屋さん、そして大好きなお餅屋さんもたくさんある。

そうだ、京都いこ。
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チクチク族Ⅱ

1人そしてまた1人とマニア予備軍が集まってきた。
中には豪雪で家を出るのに30分かけ、その上高速道路
を使って1時間かけて来てくれた方も。

挨拶もそぞろにテーブルに向かいチクチクしはじめる。
手先もだんだん慣れてきて会話を楽しみながらできる頃に
プツリと指をチクチクしてしまうようである。

羊を形作るのも楽しいが、そこに集まった人たちとの交流
はもっと楽しい模様。ちょっとしたサークルに入会したよ
うな感覚で、あっという間に時間が過ぎてしまったよう。

今日集まったチクチク族の方たちは今宵家族が寝静まった
のを見計らい、未完成の羊をチクチクと作るのであろう。

完成したら、チクチク族お手製の羊をクリスティーズか
サザビーズに出品してみてはどうだろうか。

「何言ってんの、冗談じゃない。値段なんかつけられない。」
との怒号が聞こえてきそうである。
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日本の本質(教育編)

大学受験シーズンの到来だが、一昔前と全く違い何がなんだか
さっぱりわからない。学校推薦、自己推薦、センター試験など
今どきの受験システムがさっぱりわからない。

日本中の高校生がすべて大学を希望しても余りある状態である。
定員割れの大学がどんどん増え、そのうえ国の助成金も財政難
でどんどん減り、産学共同だとか何とか言っている。

こうなってくると、大学を卒業したことだけでは意味を成さず、
何を学んだかが重要になってくる。にもかかわらず学歴のため
に、家族団らんを犠牲にしている。何かがおかしい日本社会。

今から100年前に岡倉天心が英語で世界に向けて書いた一冊
の本がある。その名は「茶の本」。以下はその一節である。

「社会は依然として旧態にとどまるべきものであろうか。社会
の慣習を守るためには、その国に対して個人を絶えず犠牲にす
ることを免れぬ。」

「教育はその大迷想を続けんがために一種の無知を奨励する。
人は真に徳行ある人たることを教えられずして行儀正しくせ
よと教えられる。」

日本社会は100年前も今も変わっていないのである。

天心はこの本を書く20年ほど前に、フェノロサとともに法隆寺
の夢殿を開殿させ、救世観音を開けば必ず落雷があると信じられ
ていたタブーの被いをほどく。

信仰の対象でしかなかった仏像を、美術品つまり鑑賞の対象にし
たのである。同じように伊勢神宮も正倉院もである。

岡倉天心は日本という国の本質を見抜き世界に紹介したにもかか
わらず、戦争にうまく利用されたこともあり国内での評価はあまり
高くない。

旅先のカフェ

ふるさとの新潟で美容師をしていたのだが、群馬の温泉旅館に
宿泊し、そこを気に入ってしまい働きだした彼女。

そんな突如の変身を聞き、思い切りの良さに驚いていたのだが、
今度はもっと驚かされた。

昨年末、クリスマスに旅館のカフェに一人でコーヒーを飲みに
来た男性と節分の日に入籍したというのである。

出会ってわずか1ヶ月。しかも18歳年上とのこと。
この成り行きに本人が一番びっくりしている様子である。

たまたま旅先で寄ったカフェで会った人と結婚する確率は0に等
しいのではないか。これこそ運命的な出会いだったといういこと
なのか、はたまた大きな勘違いなのか。

実際に二人で会ったのは数回だそうだが、話を聞いていて決して
短絡的でなく、むしろ必然だったのかもという思いがした。

いずれにせよ、社会の常識にとらわれずに自分で選択しているこ
の二人の生き方そして暮らし方にとてもとても興味がある。

出会いは偶然ではなく、必然である。
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