2008-07

煩悩即菩提

久しぶりに銀座界隈を歩いた。

時々、車で横切るが街のようすはうかがい知れない。
どこの町でもそうだが、歩いてみてその町の雰囲気が分かる。

外国人観光客がごったがえす中を進むと、
オレンジの袈裟に身を固めた修行僧が見えた。

足早に歩くサラリーマン。声の大きなアジア系観光客。
サングラスに半ズボンの白人系観光客。

ビルの中の喫茶室には婦人たちが涼しげに会話を楽しむ。
そして、この空間に静かに佇む修行僧。

きっと銀座のど真ん中での修行は高野山あたりでの修行より
つらく高く、煩悩を取り払うには最適な場所かもしれない。
美しい女性も多いし、おいしいとらやの羊羹も売っている。

はたしてこの僧の今日の宿泊先はどこだろうか。
近くのお寺か、はたまた帝国ホテルか。とても気になる。
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芸大の中庭

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芸大美術館の中庭にひっそりと佇む岡倉天心の銅像。

芸大にはいろいろな先生の銅像があるが彼は特別な存在である。
東京美術学校(後の東京藝術大学)を設立し校長の職に就く。

天心を知ったのは中学校の歴史の教科書に載っていた
フェノロサと一緒に写った一枚の写真からである。

しかめ面でしかもひげ面、悪人顔のイメージしかなかったが、
彼を知るに従い人間は外見では判断できないと痛切に感じた。

名著「茶の本」では読むたびに日本の素晴らしさを教えられる。
日本とは日本人とは何かを分かりやすく語ってくれる。

昨今の若き家庭には急須がないと聞いたことがあるが、
日本人のお茶離れは日本文化にとって不幸なことである。

「一枚の絵と一杯のお茶に幸せを感じられる、CAFÉでもわしが開こうか。」
そんな天心の声が聞こえてきそうである。
そして別の所から「また天心かよ。」の声も聞こえてきそうである。

BAUHAUS展

BAUHAUSは90年前にもかかわらずとても新鮮で斬新で本質的である。
校長先生のヴァルター・グロピウスはこう述べている。

「物はその性質によって規定される。それゆえそれが正しく機能する
ようデザインするためには、それが容器であれ、椅子であれ、家で
あれ、まず第1にその本質を研究しなければならない。」

この作品展で心を奪われたのはマリアンネ・ブラントの作品である
照明器具、器そして写真すべて目に心に焼きついている。

現在人気のある北欧の器や照明の原型は彼女が創作したものが
多いのではないかと容易に想像できるデザイン。
シンプルかつ機能的な作品は現代の暮らしの中でも活かされている。

彼女はこの学校の生徒で、たぶんクレーやカンディンスキーの講義を
受けたのだろうが、教授陣は彼女の才能に嫉妬したことだろう。

それにしても、第1次世界大戦と第2次世界大戦の間にこういった
ムーブメントがあったことは、ドイツそしてヨーロッパの力強さを感じる。
もっともBAUHAUSはナチスに追われるわけだが。
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ROCK&芸術

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20歳位の頃にbauhausという英国のバンドにはまっていた。

T.レックスの「telegram sam」やデヴィット・ボウイの「ziggy stardust」
をカバーしていたグループだったが、名前の由来は知らなかった。

その後、椅子に興味を持つようになって、BAUHAUSを知ったのである。

これは今から90年近く前のドイツの建築造形学校のことであり、一連の
ムーブメントのことだが、この「BAUHAUS展」を東京藝術大学に見に行った。

順路を進み最後のほうのブースに不可思議な映像が流れていた。
オスカー・シュレンマー作の創作ダンスである。この時すぐにある映像と繋がった。

私が30年前に意味不明なビデオに夢中になっていたときの独特な感覚が甦ってきた。
そしてbauhausの「mask」というアルバムの原点がきっとここにあることも。

人間の創り出すものは絵画でも音楽でも建築でもとても刺激的であるが、
その興奮を言葉で伝えることはとても難しい。
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ROCK&経済

ビートルズの解散に始まり、セックスピストルズの解散
に終わる、1970年代のブリティッシュ・ロックは輝いていた。

私の中では、やはりグラムロックと呼ばれた、DAVID・BOWIEそして
ROXYMUSIC。パンクロックと呼ばれていたJAMそしてPOLICE。

ところが1970年代のイギリス経済は疲弊していた。
後半は失業率も高く、若者はアナーキーなパンクに熱狂した。

その後イギリスにはマーガレット・サッチャー首相が誕生し、
改革をすすめるに従い、ブリティッシュ・ロックは徐々に下り坂に。

日本はどうか。1980年代のバブル時代にはアイドル全盛のヒットチャート。
それがバブル崩壊後の不毛の10年にはロックバンドがチャートを賑わす。

その象徴がタワーレコードである。渋谷にできた時はもちろんすべて洋楽。
それが今では洋楽を探すには階段をかなり上らなければならない。

音楽と経済は密接な繫がりがある。不況の時ほどよい音楽が生まれる。
日本にはまだまだ素晴らしいアーティストが生まれるだろう。
ただしこれは私的な仮説であり、まだ実証されてはいない。

浅曇の庭先

まだまだ小さなシャラの木の白い花が満開に。
浅雲の空に見逃してしまいそうな淡いクリーム色の花びら。

家を優しく包み込む大きな木になるはずなのだが、
なんだかちょっと様子が違って、イメージどおりにはいかないかも。

それでもエゴの木、山桑、シラカシ、雲竜柳、トネリコ、ハナミズキそして楓。
20年後の庭先はたいへんな状態になっているであろう。

その手前にはゆりの花が満開に。
ヒメシャラの花とは対象的に鮮やかに夏の庭先を彩ってくれる。

雑木林になった庭先は夏には木陰を冬には陽だまりを作り出してくれる。






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羊のドリーちゃん

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クローン羊のドリーちゃん。見れば間違いなく羊である。
ではまだ見ぬクローン人間は人間なのか。

20年以上前に公開されたリドリー・スコット監督の「ブレードランナー」。
ルトガー・ハウアー演ずるアンドロイドがクローン人間である。

SF映画としてあまり話題にならなかったが、未来を的確に描いた
映画で、話題になったETやスターウォーズより現実味がある。

いやそれ以前にすでに日本にあった。手塚治虫の「鉄腕アトム」である。
そして手塚治虫が「火の鳥」で描いた問題が現実となってきた。

ある精子とある卵子の結合により命が誕生する。
試験管BABYのように第3者の力が加わっても人間であるが、
人間の精子と卵子以外からの命(クローン)はどうなのか。

神が人間を創造したキリスト教でも、輪廻転生の仏教でも
これを許容できるのかどうか。いったい人間とは何か。

クローン人間を倫理的に葬り去る動きもあるが、
では遺伝子組み換えを人間で実行することはどうなのか。

皆が塾に行くからと塾に行かせている親が、皆が遺伝子組み換えで
IQを140に上げているとしたらどうするのか。

12年前の7月5日はドリーちゃんが生まれた日である。
あまり知られていないがドリーは子供を産んでいる。

成長の限界

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隣町の雲谷寺にある蓮池。蓮の葉っぱで水面が覆われている。
あおあおとしてお寺の庭先を彩っている。

さて問題、「この蓮は1日で2倍に成長し30日で池を完全に
おおい尽くし、光をさえぎり他の生物を窒息させてしまうとします。
この池が蓮で半分おおわれるのは何日目でしょうか。」

この問いかけは1972年に出版された『成長の限界』の冒頭である。
世界人口の増加や現在の食糧問題そして温暖化など環境の悪化
を驚くほど正確に予測している。人類の危機を警鐘している。

レイチェル・カーソンの『沈黙の春』が出版されたのが1962年。
地球の異変にわずかな人たちだけが気づいていた。

その後ヨーロッパの人たちが騒ぎ出し、EUの基本政策の中心に。
そして、やっとここにきて日本人も京都議定書の大切さに気づき始めた。
でも、洞爺湖サミットという一過性のイベント騒ぎとの指摘も。

暮らしの中ではまだまだひっ迫感がない。温暖化で平均気温が
1度上がると言われても、冬に積もる雪が減るので歓迎してしまう。
我が家も自動車なくして、化石燃料なくしての生活は考えられない。

問題の答え、「15日目ではなく、29日目です。」
つまり破局の1日前になってはじめて現実に気づくのである。

この『成長の限界』という本は最後にこう締めくくられる。
「地球という天体の成長局面が今後100年続くことはできまい。・・・
 成長を抑制するために何もしないことは、強烈な行動をとることに等しい。」

やはり環境問題はハスにかまえていてはいけないものなのか。

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