2010-03

幼き旅立ち

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彼女を知ったのは高校時代の英語の教科書だった。

わずか7歳足らずの年齢でアメリカに
渡り12年もの長きに渡り留学したのである。

政府は1871年(明治4年)不平等条約改正の下準備
のために欧米に100名を超える使節を送る。

岩倉具視・木戸孝允・大久保利通・伊藤博文などと
一緒に5人の少女が横浜から海を渡っている。

その中の一番小さな少女が、のちに津田塾大学を
創設する、この時わずか6歳の津田梅子である。

横浜の見送り騒ぎはすごかったようで、
「随分物好きな親たちもあったものだ。
あんな小さな子をアメリカにやるなんて。」

しかし、異国に娘を送り出す母の胸中ははかりしれない。

本人にしても言葉も分からず、人種の壁と戦いながらの
生活は想像を絶するものがあったように思う。

父からのはなむけは英語の辞書と人形と、
以前アメリカに渡航した際に買った赤いショール。

虚像の狭き門

「狭き門より入れ、滅にいたる門は大きく、その路は広く、
 之より入る者多し。生命にいたる門は狭く、その路は細く、
 之を見出すもの少なし。」(新約聖書マタイ伝)

すでに日本の全大学の定員の数は高校3年生の数を
上回っているのに相変わらずの受験戦争である。

偏差値上位の大学は別としても、その他の
大学の偏差値が下がらないのはなぜなのか。

それは学校推薦、自己推薦、公募推薦、指定校制度、センター試験
そして一般入試、前期、後期、複雑化した受験方法にある。

公立私立にかぎらず、仮に大学の定員が1000人とすると、
学校推薦、自己推薦、公募推薦、指定校制で各150人採り、
実際に試験を受けての定員は半分以下にするような感じ。

それぞれの受験法を狭き門にするのである。そうすると大学の
偏差値は低くならないばかりか高くなるのである。
しかも、付属高校があればさらに狭き門になり偏差値が上がる。

「狭き門」を沢山つくることは、結果的に門を大きくすること。
滅にいたる門が大きいなら、偏差値制度も終焉か。

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