2011-03

玉音放送 2

今月もまもなく終わろうとしている。
3月11日の金曜日から二十日。とても長く感じた。

また、これほど新聞をくまなく読んだこともはじめて。
気を落ち着けるため、知らず知らずに10冊も乱読。

この地域では表層的には日常が戻りつつあるかもしれない。
しかし深層部はまだまだ非常事態である。

分別ゴミの日だったので、新聞をさっと読み直す。
冷静に見るとやはり新聞見出しは衝撃的な活字ばかり。

ただし、政府いや日本の緊急事態への対応が変わった
時間が見てとれる。3月16日の午後である。

この時から、少しずつではあるが最悪の事態を
回避するためにスイッチが入った感がある。

3月17日の朝日新聞には、自衛隊、警視庁、消防庁
の動きが克明に伝えられるようになった。

朝日新聞の取りあげ方はとても小さいが、あるメッセージ
によって皆が一同に命をかけて動き出したのである。

日本という国の本質がここにある。

もちろん現在でも福島第1原子力発電所と
余震には気が気でないのだが。
IMG_1888.jpg

仙台からの朗報

仙台に住む学生時代の友人より連絡あり。
家族全員無事で自宅で生活できているとのこと。

ただし友人の経営する会社は仙台空港のすぐ隣にあり、
1階部分はすべて流され、数十台の車も流されたよう。

ニュース映像で見た仙台空港を襲う津波は
スローモーションのようにゆっくりとしていた。

しかし実際にはとても速くもう少しで波にのまれるところだったよう。
今でもその恐怖がフラッシュバックされるとのこと。

とりあえず津波からは逃げられたが、被害総額は億単位。
「30年かけて培ってきたものが一瞬で流されしまった。」

「何か必要なものがあれば送るけど。」
「いや、気持ちだけでありがたい。」

生きているとは思っていたが、元気そうなので安心した。
もう既に先を見越して行動している話を聞きまた安心。

「落ち着いたら、またどこかで会おう。」と約束し電話を切る。
励ますべき者が逆に元気をもらってしまった。

続 方丈記

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
 よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しく
 とどまりたる例しなし。世の中にある人と住処とまたかくのごとし。」

『方丈記』は天変地異が続いた、平安時代末期
から鎌倉時代にかけてのエッセイである。

京の大火事、大地震そして飢饉の中の人々の
様子を冷静にみつめ、世の無常を綴った作品。

大地震の描写にいたっては、鴨長明が東北地方の
太平洋沿岸を現地レポートしているかの如く。

その一節「世に従えば、身くるし。従わねば、狂せるに似たり。」
日常が非日常の事態になると、この言葉の意味が理解できる。

安定した生活を送ろうとすると、権力やお金を持つ人に
従わなければならず、それをしないと変人・狂人扱いに。

スイッチひとつですべてがかなう生活は、すべてを一瞬で
奪ってしまうシステムの上に成り立っている現代。

鴨長明は結びに、「いったいこの世でどこに住み、どんなことを
して過ごしたら心安らかに生きられるのだろう。」

今も昔もこの命題には答えが見つからない。
800年前にそれに答えたのが法然であり、親鸞であり、日蓮である。

現代もいよいよ宗教の時代に入るであろう。私はとても苦手だが。

いい知れぬ不安

大地震が起きてから十日がたっているが、
なかなか心がおさまらない。

余震に怯え、福島第1原子力発電所に震え。
ついには唇がカサカサになってしまった。

窓の外では、いつもと変わらぬ素振りで歩く中学生。
かたや、ガソリンスタンドを横目で注視しながら運転する主婦。
この地域は通常なのか非常事態なのか理解に苦しむ。

被災地の映像にも目を覆うばかりで、
自分の命も住処も一瞬のうちにと思うと動揺してしまう。

この言い知れぬ不安を押さえるにはどうしたらいいのか。
世が常ならぬことを偉そうに語っていたのに。

手作りパン

IMG_1880.jpg
ご近所の鈴木商店の若奥様から手作りのパンをいただく。
こんな状況の中、食糧が不足気味の中、ほんとありがたい。

とてもシンプルなパンで、ほんのりと甘く、
しかも本来の小麦粉の味がしておいしい。

この甘みが何かと若奥様に尋ねてみたら
さとうきびとマヌカハニーという蜂蜜。

ストーブにあたりながら焼きたてのパンをいただく幸せ。
折しもそれはあまりに贅沢すぎることである。

がれきの中の少女

IMG_1876.jpg
がれきの山。裸足の少女の涙。傍らの長靴。

この写真に言葉がない。

少女への同情だけではおさまらない日本の現実。

2011年3月11日以前と以後ではまったく別の国日本。

(写真は3月13日朝日新聞一面より)

チャイナ・シンドローム

1979年公開のジェーン・フォンダ主演「チャイナ・シンドローム」
は原発事故での情報隠匿という内容のアメリカ映画である。

カタストロフィーとも呼べる今回の惨事をより複雑にそして恐怖に
陥れようとしている問題から目をそらす訳にはいかない。

「チャイナ・シンドローム」とは炉心溶融により、アメリカの裏側の
中国まで解けてしまうというジョークも混ざった言葉である。

命をかけて現場(福島第1原発)で作業している人たちに、
こころから感謝したい。そして「これ」を何としてもくい止めてもらいたい。

現場を想像するだけで、いや想像を絶する緊張感だろう。
関東地方は福島第1第2原発なしに、経済も暮らしもありえない。

原発付近20km圏内で被ばくした人たちは、私も含めた東京圏に住む
人間の便利な暮らしのために犠牲を強いられたのである。

「チャイナ・シンドローム」をなんとしても
くい止めてもらうことをただただ祈るばかりである。

ブランドビジネス最前線

LVMHがBVLGARIを買収という新聞記事。
興味のない方にはさっぱりな話なので読まない方が....。

「クリスチャン・ディオール」や「ルイ・ヴィトン」などを
傘下にもつフランスのブランド企業がイタリアの宝飾
メーカー「ブルガリ」を買収したという内容。

もう一つの出来事は「ディオール」のクリエイティブ・ディレクター
ジョン・ガリアーノが解雇されたというニュース。
LVMHをAKB48に喩えると前田敦子が脱退することに匹敵する。

このタイミングでの2つの出来事は何を意味するのか。
ブランド好きではないが、商売柄とても興味深い出来事。

その背景にはもちろん欧州経済の深刻化があるのだろうが、
LVMHが大きく舵をきり始めたことなのだろうか。

それともLVMHのアルノー会長の趣味の範囲なのか。
次は「ティファニー」を手にしたいのか。

ジョン・ガリアーノの行方は、LVMHの宿敵グッチか。
今後のブランド業界から目が離せない。

ちなみにLVMH(モエヘネシー・ルイヴィトン)
LVはルイ・ヴィトン、Mはドンペリのモエ・エ・シャンドン、
Hはコニャックのヘネシーの略称。つまり超コングロマリット。                                 
もひとつちなみにBVLGARIのスペルがなぜUでなくV
なのか。それは........次回に。

桐の箪笥

IMG_1870.jpg
廃棄処分すんぜんだった桐の箪笥を譲り受ける。
きれいに雑巾がけすると見事に再生した。

たぶん大正か昭和の初期に作られた会津産のものか。
嫁入りの道具の一つなのだろうか。

古くなった桐箪笥を磨き上げ、新品に仕上げる方も
多いようだが、このままのほうが歴史を感じていい。

3段重ねのタイプだが引き出しなども機能的に
できていて、店舗でもその存在はとても新鮮。

桐の木は軽くて丈夫で、火災にもとても強い。
湿気も防いでくれて、おまけに防虫効果もあるときた。

古きよきものとはこういったことである。
こういったものを大切に使い続ける人でありたい。

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